「ほっ」と。キャンペーン

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これはホントウに自分メモ。
丸一日かかった。
もうね、疲れたよ(笑)

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追記:環境は以下
user[host:~]> more /etc/redhat-release
CentOS release 5.2 (Final)
user[host:~]> more/proc/cpuinfo
processor : [0-3]
vendor_id : GenuineIntel
cpu family : 6
model : 15
model name : Intel(R) Xeon(R) CPU E5335 @ 2.00GHz
stepping : 11
cpu MHz : 1995.001
cache size : 4096 KB

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XML::LibXSLT をインストール(1)
Petr Pajas / XML-LibXSLT - search.cpan.org

libxslt がない

libxslt インストール(2)
FTP Directory: ftp://ftp.gnome.org/pub/GNOME/sources/libxslt/

XML::LibXML2 が古い

XML::LibXML2 をインストール(3)
Petr Pajas / XML-LibXML-1.69 - search.cpan.org

libxml2 が古い

libxml2 をインストール(4)
FTP Directory: ftp://ftp.gnome.org/pub/GNOME/sources/libxml2/

(3)(2)(1)を実行

失敗
  yum update で環境のまるっともろもろ更新を目論む
  496(!) 個のパッケージを更新して 2 時間待ち

(4)(3)(2)(1)を実行

失敗
  libxml2、libxsltがデフォルトでは /usr/local ではなく
   /usr/local/lib にインストールされることが判明
  LD_LIBRARY_PATH の先頭に /usr/local/lib を追加

(4)(3)(2)(1)を実行

失敗
  perl モジュールが古い lib の方を参照している?
  /usr/local/lib でなく /usr/lib に再インストール

(4)(3)(2)(1)を実行

失敗
  /usr/lib にも /usr/lib64 にも古いバージョンの lib があることが判明
  /usr/lib64 にある lib を見ている?
  しかし Makefile は、
  /usr/lib と /usr/lib64 の両方にインストールするようになっていない
  とりあえず /usr/lib64 以下の libxml2、libxslt を rename する

(3)(1)を実行 ( lib は変更がないので perl モジュールだけ)

XML::LibXML::Common が古い

XML::LibXML::Common をインストール
Christian Glahn / XML-LibXML-Common-0.13 - search.cpan.org

(3)(1)を実行 ( lib は変更がないので perl モジュールだけ)

やっとできたー(;´д⊂

◎まとめ
・libxml2.so、libxslt.so の場所をすべて探しておき(複数個所にあるかも)、
 /usr/lib64 のは読まないように rename しておく(何かあったときに戻せるように)
・/usr/lib に入るように、libxml2 と libxslt をこの順でインストール
  ./configure --prefix=/usr
・XML::LibXML::Common、 XML::LibXML、XML::LibXSLT をこの順でインストール
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by xiaoxia | 2009-07-29 18:09 | プログラム言語 | Comments(2)

格差は遺伝するのか

■三浦展「格差が遺伝する! ~子どもの下流化を防ぐには~」

この人の本は毎度アレだが、やっぱりアレだった。
でも手に取ってしまうのは、彼のうまさなのだろうな。

どこがアレだったかといえば、
データに対する考察に根拠が感じられないこと。
例えば、
「成績の良い子の家庭の方がワンボックスカーを所有している率が高い」という
データがあったとする。
こういう場合、きっと
「ワンボックスカーで家族みんなで出かけるのだろう。
やはり家族の対話が成績の良い子を作るのだ。」
とか書きそうだ。
逆に
「成績の悪い子の家庭の方がワンボックスカーを所有している率が高い」という
データがあったとする。
「エコが叫ばれて久しい昨今に、
ワンボックスカーなどという大きな車を購入するのは、
社会全般に対する関心が低いことを表している。
こういう親の子どもが、成績が良いはずがない。」
とか書きそうだ。
つまり、どうにでもなりそうだなーみたいな。
あーあれですよ、ムカデの足を全部取ると耳が聞こえなくなる、というやつ。
Webさんの日記 Joke of the world.(世界の冗談) [Lang-8]

で、「格差が遺伝する」というのは、
今に始まったこと?
私が子どもの頃から、そう思っていた気がするけど。
今客先に常駐しているのだけど、
ここのお客さんの学歴は、みんなマスター以上。
ドクターとかゴロゴロいる。
子どもの頃の話を聞くと、
小さい頃からコンピュータを買い与えられていたとか、
そんな人たちばっかし。
男兄弟3人いて、みんな家出て下宿して、私大とその院を出たとか。
どんだけブルジョワなんだよと思ったら、
お父さんはパイロットとか、そんなんばっか。
団塊世代の進学率は20%ないはずなのに、
親もみんな大卒以上だし。
いやもうね、あー遺伝子からして頭良いんだーみたいな。

考えてみたら、ずーっと昔からそうじゃないか。
ビンボウ人から成りあがる人なんてほとんどいないからこそ、
成り上がった野口英世とかが有名なんじゃん。
なんで今更「格差って遺伝すんの!?」なんて驚くのかしらん?

真面目に感想を書くと、
調査対象である成績の良い小学生の、
その後の足取りを是非追って欲しい。
彼らは本当に上流な大人になったのだろうか。
やはり自分のことに引き寄せて考えてしまうのだけど、
私だって「小学生までは」成績の良い子だった。
私のように、脱落した人もいると思うのだ。

私の親も、ダンナの親も、
良く働く人で、非常にきれい好きで、几帳面である。
手作りのご飯を毎日毎食用意するのは、
専業主婦である私の母はまだしも、
パートで働いていたダンナの母は
さぞかし大変だったろうと思う。
どちらの母親も、クラシック音楽を聴くのが好きだし、
自称「学生の頃は成績が良かった」と言っているし、
読書も好きらしい。
私の母は去年からバイオリンを習い始めた。
ダンナの母は、Nintendo DS の漢字検定を毎日勉強して、
忘れがちな字や見かけた四字熟語を紙にメモっている。
まさにこの本にある「成績の良い子の親」そのまんまである。
でも、今の私はまったく上流ではない。
自慢じゃないが、私以上の面倒くさがり屋は見たことがない(笑
結婚して10年以上になるのに、
お部屋があまりにアレなので、
友達はおろか、親も入れたことがない(実話
子どもの生活習慣は親の力によるところが大きいかもしれないが、
結局、大人になって親の手を離れれば、「本人」である。
どんなに良い親だったとしても、どんなに頑張って育てたとしても、
決して親の思うようには育たないのが、子どもというものなのかもしれない。
小梨だから想像だけどね。

なわけで、この本読んで「ウチの子はダイジョブかしら!?」と思った親御さんは、
気にしなくていいと思う。
小学生の頃の成績の良さなんて、人生の中ではそれほど重要ではない。
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by xiaoxia | 2009-07-03 12:39 | 読む | Comments(0)

ダメ女プログラマ&主婦&腐女子&バイオリン弾き


by 小霞